『テラカツ!』は曹洞宗宗務庁より毎月発行されている『曹洞宗報』にて連載されていました。全国曹洞宗青年会の出向者が聞き手となり、全国各地で活発に活動されている青年僧侶の方々を紹介しています。寺院運営も厳しくなってきていると言われている昨今ですが、各地の事例を参考にして、ご自坊をもり立ててみませんか?
第10回 福岡県糸島市・龍国寺
龍国寺のある福岡県糸島市は福岡市の中心部から車で40〜50分ほどの郊外に位置し、人口10万人、北は玄海灘、南は背振山系に挟まれた自然豊かな田園風景が広がっております。数多くの古墳を有し、世界最大級の銅鏡「内行花文八葉鏡」(国宝)が出土したところでもあり、近年注目を集めております。
今回取材させていただいた龍国寺の皆さま(住職・甘蔗和成師、徒弟・健仁師、寺族・理愛氏)は「このお寺の良さを守っていくためには、この地域の周辺環境ごと守っていかないといけない」と考え、布教活動に取り組んでおられます。
住職 龍国寺の歴代住職には、享保の飢饉の際に半年間で延べ5000人の人々を助けた住職。また隣村同士の水争いを住職の機知によって収め、自ら築いた「井手」により今も双方の田畑約100町歩を潤しています。地域のために知恵を絞り工夫してこの地に根付いた先人の思いを引き継いでいきたいです。
健仁師 自然豊かなこの地ですが、これまで残土処分場をはじめ、核の最終処分場や地下100メートルに直線30キロのトンネルを掘るリニアコライダーの計画など毎年のように自然を脅かす事業が浮上した時期がありました。その中でも2005年に起こった企業誘致の話は目の前の田んぼでの出来事として特に衝撃的なものでした。
住職 その内容は田んぼ1万2000坪もの広大な土地を町が買い取り、誘致した企業が工場を建てるというものでした。この計画を初めて聞いたときは、この豊かな田園風景が工場によって一変してしまうことを怖れました。しかし、景観を守ることだけでは多くの方の理解は得られません。そんな中、この地に工場を建てる目的はここに流れる「清き水」を大量に使うことだと分かったのです。「水」は私たちにとっては「いのち」そのものです。水は飲料水だけでなく、洗濯などに使う生活用水、中でも一番多く水を使用するのは農業用水です。「水」なくしてはお米も野菜も収穫できません。渇水でもあったこの年、農家が立ち上がり最終的には企業側が撤退するという形で決着がつきました。このとき始めたのが「田んぼコンサート」です。
―コロナ禍で休止中とうかがっておりますが「田んぼコンサート」について詳しくお聞かせください。
理愛氏 「田んぼコンサート」は私たちのいのちを育んでくれる田んぼが無事に残ったこと、そして今年も豊かな実りを与えてくれたことへの感謝を込めて毎年開催しています。初めてのコンサートは工場誘致の撤退が決まった2ヵ月後、田んぼを会場に企画しましたが、雨が降りだし急遽本堂での開催となりました。そのときは220人のご参加をいただき、車が停められないほどでした。以来コンサートは本堂で開催しています。
3回目以降になると、企画を手助けしてくださる方も現れ、全体が2部構成に。第1部は「これからの生き方や暮らしについて考える」講演や対談、第2部にコンサートという形です。
―企画を手助けしてくださる方はどういう方ですか。
理愛氏 1人は仏教講座に参加されていた主婦の方です。以前は青年海外協力隊として海外で活動していた方です。もう1人は農業をするために首都圏より移住し、現在はフリースクールを開いている方です。この方々の協力でコンサートの内容だけでなく、会場装飾や飲食ブースも充実し、幅広い世代の方に参加いただいています。
―特に気をつけていることはありますか。
健仁師 「生きることは食べること 食べることは生きること」、「農」と「いのち」など「環境」「平和」「生き方・暮らし」「伝統芸能」「祈り」をテーマにしています。
―「田んぼコンサート」は出店もあるということですが、どのような形でしょうか。
健仁師 飲食は庫裡のお座敷を使っています。特等席は江戸時代に作られた「鉄肝園」を眺められる席でしょうか。本堂と庫裡の間の渡り廊下はCDや書籍などの物販コーナーです。出店の内容はスタッフにお任せしていますが、飲食はすべてオーガニック(無農薬)で身体に優しいものにしています。
―「田んぼコンサート」を開催しての反響はいかがでしょうか。
健仁師 現在はこの周辺のお寺や様々な場所でコンサートが開かれていますが、以前は珍しかったと思います。コンサートをきっかけに出会った方が沢山おり、そのご縁は今につながっています。特に小さな子どもを連れたお母さんも聴きに来ることができるコンサートでしたので、お母さん世代に喜ばれました。
またここでの出会いから朝晩の坐禅会をはじめ、様々な催しの参加につながっています。そして新たな企画の協力者としてご縁が巡っています。
―檀家の方を対象にした行事や企画で特に力を入れているものについて教えてください。
健仁師 先の工場誘致や田んぼコンサートにも共通する話ですが、これからの世に「残したいもの」「忘れてはならないもの」を主題に、「手仕事」や「技術」について、コンサートや上映会を通して檀家の皆さまにもご紹介しています。
また「両彼岸とお盆の展示」にも力を入れています。年末年始とこの3つの時期はとても多くの檀家の方やご親族の方がお参りされます。せっかく来てくださるのであれば、何かひとつでも心に残るものをお渡しできないかと思い、様々な展示を行っています。
例えば、檀家の方が撮影したこの村の昭和35年頃の写真展を開きました。この頃までは牛を使って田んぼを鋤いていたのが耕運機に変わり、それと共に牛を飼わなくなるほど日々の暮らしが大きく変化した時期です。「共同風呂の改修」「道普請(道の整備)」「わらじ作り」等々、白黒の写真を全紙サイズに伸ばし、100点を展示しました。中でも「河川改修」の写真は、「御先祖さま」の供養をすることの意義を感じづらい若い世代の方にも響くものがあると思います。農作業のない農閑期(冬期)にスコップひとつを手にもち、村人総出で深い溝を掘って川がつくられました。今見れば細い川に見えますが、この川を整備するのにどれだけのご苦労があったことでしょう。その上に私たちの今の暮らしがあります。川だけではなく、道も田んぼも何もかもが先人たちからの贈り物ではないかと話しています。
お寺の奥にしまってあった民具を展示したこともありました。「ごはんじょうけ」「斗升」「つづら」「手箕」「しょうけ」などのわら細工や竹細工です。展示してみると、檀家の方から使い方や当時の思い出などをうかがうこともできました。
今年の3月は「四辻藍美 アイヌ刺繍展」を開催しました。細やかで繊細な刺繍の技だけでなく、その模様の意味、そしてそこに込められた祈りを感じられる作品でした。このときは一般の来場者だけで600人程度がお見えになりました。
そして8月は「与那国島のクバの葉を使った民具と沖縄戦の写真展」を開きました。直径1メートル50センチほどの大きなクバの葉を使った数種のかごや水くみ、団扇など忘れてはいけない技術の数々。そして沖縄平和祈念資料館からお借りした沖縄戦の写真と、沖縄戦で亡くなった先代住職の大成方丈さまの現地からの手紙などを展示しました。手紙は箸袋の裏に書かれており、亡くなる4ヵ月前のもので遺言と思われます。内容は両親や妻子を気遣うものばかり、親の愛、覚悟、責務といったことがにじみ出ており、何人もの方が涙ぐんで見ておられました。
―最後に、これから寺院での布教活動に取り組む方に向けて、助言があれば教えてください。
健仁師 無理をしないことだと思います。また檀家の皆さまにきちんと説明できる催しであること。そして協力者がいれば幅も広がると思います。ただし、「必要なこと」はひとりでする覚悟も必要ではないでしょうか。
最初に住職が話したように、享保の飢饉の際に人々を助けるために奔走した住職や隣村の水争いを収めた住職、また受刑者と共同生活を送った住職等の思いを引き継ぎ、この地域が安心して暮らしていけるよう、「清き水」がいつまでも湧き出てくれることを心から願っています。
(聞き手・文構成/全国曹洞宗青年会会長 田ノ口太悟)
萬歳山龍国寺 ご一家
住職・甘蔗和成、寺族・甘蔗多恵子、
徒弟・甘蔗健仁、寺族・甘蔗理愛
【龍国寺で開催している行持・催し】
坐禅会 夜の坐禅会(毎週土曜日)・朝の坐禅会(2~3回)
みんなで唱える楽しい御詠歌(毎月)
田んぼコンサート
(コロナ禍以降、休止中)
自主上映会
(いとしまリトルシアター)
クラシックコンサート
お彼岸・お盆の展示企画
本にまつわる催し
「元図書館長のお話し」
「えほん寺ぴー」「お話し会」
「おとなの寺子屋」等々
引用:曹洞宗宗務庁刊『曹洞宗報』令和5年11月号掲載
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※年齢・役職等は『曹洞宗報』掲載当時のものです。
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