WEB版『テラカツ!』寺院活性化事例紹介(第7回)

2024.07.29

『テラカツ!』は曹洞宗宗務庁より毎月発行されている『曹洞宗報』にて連載されていました。全国曹洞宗青年会の出向者が聞き手となり、全国各地で活発に活動されている青年僧侶の方々を紹介しています。寺院運営も厳しくなってきていると言われている昨今ですが、各地の事例を参考にして、ご自坊をもり立ててみませんか?

第7回 山形県新庄市・英照院

 英照院さまは前衛的な建築様式の本堂を活用し、多彩な布教教化活動を展開されています。その本堂は農林水産省ウッドデザイン賞、木の建築賞など数々の賞を受賞し「お寺=暗い、怖い」という印象を払拭するものです。お寺と檀信徒だけでなく、檀信徒と檀信徒を繋ぎ、地域との繋がりを築く深瀬清光住職の活動を紹介いたします。

<プロフィール>
英照院住職 深瀬清光師
昭和49年10月11日生まれ、48歳。駒澤大学卒業、大本山永平寺安居。平成11年より英照院に入り、平成20年より住職となる。山形県第一宗務所書記、梅花主事などを歴任。山形曹洞宗青年会第19代会長、全国曹洞宗青年会第22期東北管区理事。東日本大震災の復興支援活動にも従事した。

―英照院さまといえば、まず近代的な本堂が目に飛び込みます。建設のいきさつとコンセプトをお聞かせ願います。

深瀬師 平成26年8月に台風で本堂の屋根が飛ばされてしまったことがきっかけです。改築をするか新築をするか悩みましたが、前本堂は築100年を優に超えており、改築も新築も予算がさほど変わらなかったことから、新築の計画を練りました。
 本堂建設のコンセプトに「伽藍と信仰の復興・再生」を掲げ、建設テーマを「英照院・ザ・リバイバル~今よみがえる平成の大叢林~」と名付けました。伽藍だけでなく信仰心も復興させたい、そんな思いで計画を進めました。お釈迦さまの時代には本堂はなく、人里を離れた林の中(叢林)で、坐禅をしたり説法を聞いたりしていたといわれています。その時代の叢林をイメージし、訪れた方が林の中にいるような感覚になるように設計しました。
 中国から日本に仏教が伝来したとき、その教えの素晴らしさはもちろんですが、大陸の最先端の建築技術に当時の日本人は心を奪われたのではないかと思います。そのときのように最新の建築技術を用いて、仏教は時代とともに進化しているんだ、最新の教えなんだということを示すために、このような本堂をデザインしました。
 一見すると派手な本堂に見えますが、実は構造上必要な木材しか使用していません。見た目だけにとらわれず、資源を大切にする禅の教えを踏襲し、平成29年に落慶したのが現在の本堂です。皆さんから「こんな綺麗で明るい本堂だったら怖くない」「お寺のイメージが変わった」とお喜びいただいています。

―深瀬住職が英照院さまに入られたときの状況や、テラカツをはじめられたきっかけを教えてください。

深瀬師 私がこのお寺に入ったのは修行を終えてすぐの平成11年です。当時、英照院は私の師が兼務をしており、長らく無住の状況が続いていました。そのような状況でしたから、お世辞にも境内は綺麗とは言えませんでした。ですから、最初の数年はお檀家さんが気持ちよくお参りに来られるように、境内をきれいに保つことを徹底しておりました。
 また、檀家数も少なく、そのうえ、檀家の半数以上に後継者がいない、または後継者はいるが県外に住んでいる、というような状況で、強い危機感を感じたことを覚えています。
 英照院に入って5年ほどが経ったころ、私とお檀家さんの繋がりは深まったのですが、お檀家さん同士の繋がりが無いという気付きがありました。それは兼務地だったこともあり、お盆とお彼岸くらいしか集まる行持がなく、お檀家さん同士が知り合う機会が少なかったことにあります。
 お寺は住職一人で盛り上げることは決してできません。住職、檀信徒、地域が1つとなって初めてお寺は活性化されます。過疎化が進む漠然とした不安感から、お檀家さん同士、また地域との繋がりを築かなければならないと考えたことが、テラカツを始めたきっかけです。

―どのようなテラカツに取り組まれているのでしょうか?

深瀬師 若い住職が新しいことを始めると、反発もあると考えました。そこで前住職であった師に相談すると「お檀家さん、地域のためになるものであれば積極的にやりなさい。責任は私がとる」と言っていただけたことが、活動を後押ししました。まずは一方通行にならないように、お檀家さんにアンケートをとることから始めました。
 平成18年からは秋のお彼岸に萬燈供養を修行し、秋彼岸奉納ライブ(ジャズ演奏、演劇、漫才、講演など)を併催しています。それを皮切りに役員さんたちとも相談の上、アンケートで要望のあった坐禅会、写経会、生け花教室、年末にはおせちを作る会などを定期開催しています。
 本堂が新しくなってからは毎年「あじさいマルシェ」を開催し、地域の名店が出店して境内は賑わいをみせます。その際に終活相談を実施し、お寺の雰囲気を気に入ってくれて新たにお檀家さんとなってくださる方もいらっしゃいます。
 また、新たな試みとして「英照院でお見送り」を始めました。これは病院からご遺体をお寺へ搬送し、枕経から入棺・通夜・葬儀・出棺まですべてを英照院で行うものです。その際、私も一緒にご遺体を運びますし、お顔を拭いて差し上げます。またお檀家さんが喜んでお手伝いをしてくれることもあり、一緒に本堂の椅子を並べたりすることもあります。会館での葬儀では経験できないことです。ご遺族と多くの時間を過ごし、一緒に涙し、一緒に葬儀を作っていくことで、信頼関係が生まれていると思います。
 様々な活動をしているうちに、お寺を知ってもらう機会が増え、またお檀家さん同士が仲良くなっていき、お寺が活性化していると実感しています。

―テラカツをして良かったこと、大変だったことはありますか?

深瀬師 英照院のお檀家さんは市内に点在しているため、お互いに顔も名前も分からない関係の方がほとんどでした。イベントで交流が生まれ、お檀家さん同士の絆が深まったことが一番の良かった点です。一人暮らしの高齢者が多い地域ではありますが、イベントに積極的に参加し、サロンのようにお寺を活用して交流を深めている方もいらっしゃいます。
 英照院の本堂は音響・照明も最新のものを使用しています。最新の建築技術とシステムを導入したことが地域の活性化、お寺の有効的な活用にも繋がっていると思います。
 また、イベントに参加する方の7~8割は檀家ではない方々ですが、ご縁を結んで檀家になってくれることもあります。過疎化・少子化の時代にあって、幸いなことに檀家が微増傾向にあります。
 本堂建設も活動が実を結んだからこそできたものです。私とお檀家さんだけでなく、お檀家さん同士の信頼関係を築けたことで、震災後でもあった大変な時代に多くのご協力をいただきました。これには感謝の言葉しかありません。

―最後に、これからテラカツを始めたい僧侶へのご助言がありましたらお願いします。

深瀬師 お檀家さんのために、地域社会のためにと思うことがあれば、まずは動くことです。それが皆のためになるものであれば、自ずと協力者が現れます。家族がいれば家族の協力も重要です。住職よりも寺族や子弟のほうが、人を呼び込むご縁を持っていたりします。家族からお檀家さん、地域の方々にまで協力者が広がっていけば、活動は活性化されるでしょう。
 相談することも忘れてはいけません。私の場合、師匠に相談しましたし、お寺で新しい活動をするときには役員さんに相談しました。一人で進めてしまうと、思わぬ反発があったりするものです。相談をすることで、頭が整理される利点もあります。
 あとは独善的にならないことです。本当に世間の声なのかと立ち止まることは戒めとして常に心がけています。例えばですが、講演を企画するときは、その方の講演を必ず聞きに行くことにしています。本当に求められているものかを客観視できるからです。
 失敗しないに越したことはありませんが、失敗を恐れず活動をしてください。失敗はつきものです。そこから大きな学びがあり、次のステップへと繋がると思います。
(聞き手・文構成/全国曹洞宗青年会副会長 岡島典文)

引用:曹洞宗宗務庁刊『曹洞宗報』令和5年5月号掲載
全国曹洞宗青年会「テラカツ!〜寺院活性化事例紹介〜」
※年齢・役職等は『曹洞宗報』掲載当時のものです。

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